記 大住 宏明 

 この連載エッセイを執筆するにあたって、バックナンバーを読み返してみると多くの方がこういう思いである。『思い入れの山、コースは多くあり一つに絞って書くことは難しい』と。

 実のところ、私もその通りである。さらに楽しい山行よりも苦労した山行の方が脳のメモリーアクセスタイムが速く、情報のビット落ちも少ない。しかしこの連載エッセイの主旨を尊重すると、これに落ちついてしまう。

 

 今からほんの昔、私が14歳の頃のことである。このとき登った山、剱岳が表題にもっとも近いものとなる。室堂から入り、雄山経由で剱岳へと縦走したのであるが、私にとっては初体験のオンパレードだった。初めての3000m級の北アルプス、初めて間近で見た雪渓、ライチョウ等々。今でもまだ鮮明に思い出す事ができる。天候にも恵まれ、剱岳頂上での征服感と360度展望の圧倒感は今までの生活では考えられないものであった。山行そのものは特に問題もなかったが、剱の稜線で女性が一人転落するのを目撃し、結構緊張していた。

 風景だけでなくこんな事にも感心していた。小屋で山屋のにいちやんらが見慣れない物を使って湯を沸かしていた。それは今ではポピュラーになったガスストーブである。この頃ストーブと言えばガソリン、もしくはケロシンを用いるものが全盛であった。簡単に火がつき、カートリッジを取り替えるだけですむのを見て、世の中にはこんな便利な物があるのかとしばらく眺めていた。またキスリングではなくポリアミド繊維でできているカラフルな縦型ザックを見て、その方が実用的だなとも思っていた。

 さらに雪渓ではセッケイカワゲラを見つけ、こいつらはいったい何を食料として生きているのか不思議に思っていた。そして切り立った稜線上の岩の上に立つライチョウの姿を見て、他の軟弱な鳥とは違う神々しさを感じていた。

 この後、しばらく山行から離れていたが、大学時代より復帰しはじめ現在に至っている。今後も思い出に残る山行を数多くしていく事になるだろうが、この剱岳の山行はいつまでも色あせることなく記憶に留まることだろう!

 

 次回は、私を岩峰に誘っていただいた中村さんです。