剣岳。日本の山の中で一番好きな山、思い入れの強い山である。父母が富山育ちで山好きということもあり、幼い頃から名前は完全に刷り込まれていた。富山平野から見えるその山容は手前に早月尾根を従え、稜線は窓と呼ばれるいくつかの鞍部により高度を上げ下げしながら頂へ。少年時代に父に連れられ登った立山から見るそれは、廻りとは一線を画した荒々しい山容が強く記憶に焼き付いていた。
また学生時代を過ごした後立山の山小屋からは四季を通じ様々な表情を見せる。こうして私にとっては特別な存在になっている。

始めて登ったのは87年のこと。

それから数年の後、歩きだけでなくバリエーションルートに憧れ、山岳会に入ろうかと模索始めた頃にこの本と出会った。

登場人物は測量士である柴崎(=軍人)、ガイドの宇治長治郎、山岳会の小島雨水(=民間人)など。剣岳の初登頂(歴史的に初登頂ではなかったが)に関しての話であり、そのルートとなった長治郎谷のことが詳しく出ている。また、山々の頂きにある三角点がどのようにして設置されたのかが詳しく述べられている。さらに麓の山岳信仰では立山曼陀羅として「登ってはならぬ山」としての謂われ、登頂者のミステリー、今はなき立山温泉の雰囲気など、ルート、歴史、文化が新田氏らしくリアルに文章化されている。

この本を読み切ってからもう頭は剣岳でいっぱい。当時知り得る資料はアルペンガイドの最後の方に出ていた長治郎谷のルート解説だけ。とにかく行き当たりばったり、親にも内緒で急行きたぐにに乗って室堂-剣沢-長治郎谷-剣岳-早月尾根のコースを歩くことになった。長治郎谷出会での緊張感、熊の岩、恐怖を感じた雪渓上部の急登、源治郎尾根と八ツ峰にはさまれたロケーション、クライマーの姿など、今でも記憶に焼き付いている。初めてのバリエーションルート。人生(大げさか)の転機になったことに間違いはない。それほど強く一冊の本の世界に引き込まれ、また実現しようとした1冊の本である。89年7月のことでした。

さて、その剣岳。いつかの春合宿以来ご無沙汰です。近々小窓尾根を狙いたく、今からトレーニング、研究を重ねて行こうと思います。