記 中島 憲一


 ドイツ山岳会・安全委員会が、過去25年間の遭難事故を分析し、その原因を科学的に解明した本です。邦訳が出版されたとき、話題になったらしい。

 先月号(連載第6回)で、家山さんが『最新クライミング技術』をとりあげ、現代のクライミング技術とその流れを紹介されました。更にプラスして本書を読み、登攀技術と装備の問題点、過去の遭難事故の原因を学び、事故防止に役立てて欲しい。

 一般社会と同様、登山においても理論をきっちり押さえて、実践につなげることが重要です。また逆に、教科書(だいたい一般論が多い)通りのやり方だけではなく、実践(経験)を通じて、自分にあったやり方を確立することも重要です。

 本書は300ページに及ぶ分厚い本ですが、難解な本ではありません。文章は読みやすく、写真(少しショッキング)とイラストが豊富で分り易い。

 今年の2月に、本書の紹介をe-mailで流したところ、反響もあったので、mailを全文掲載し、補足して感想、意見を述べます。
(手抜き原稿でスイマセン)

******** 岩峰メーリングリスト 2002/02/22付   *****

> みなさん、技術書ってどれくらい持っていますか???
> 現場での実技と机上での勉強は各々必要だと思います。

 中島です。
 救助訓練のあと、家山氏より厳しい指摘があり、最近の技術書を見ていたところ、実に有益な本を見つけたのでお知らせします。(ただし全くの初心者には難しい) 『生と死の分岐点』 ~ 山の遭難に学ぶ安全と危険 ~

 遭難事故の原因を理論的に分析した本で、初版97年ですから、既に読まれている人も多いと思います。(実は以前集会で、足立氏に見せてもらったのですが、えげつない写真に目がいって、真剣に読んでいませんでした)

 知っている人からは、何をいまさらと笑われそうですが、私があらためて知った例をあげると。

トップロープによるロープの消耗は、普通の登りに比べて10倍激しい。
  >ロープは終了支点で屈曲しています。ロワ-ダウンはゆっくりと。

カラビナが破壊するのは、墜落の衝撃で瞬間的にゲートが開くから。
  >ボルトの強度が増した結果、カラビナにも荷重負担がかかり破壊する。   カラビナが岩角にひっかからなくても、静的な状態でも開いてしまから
  購入時はゲート開時の強度表示に要注意。

懸垂下降の捨て縄はプロハスカ方式が有用
  >良く使う、シュリンゲの中に通す方法では、片側の支点が抜けるとシュリンゲが締まってロープを回収できない。
これ以外にも、知らずに漫然と登っていたことが多々ありました。また、今まで漠然と、フリークライミングは安全なスポーツだと思っていましたが、本書を読んで、「あらゆるクライミングの本質は、重力に逆らう危険な行為である」と強く認識しました。山の世界も奥が深い、皆さん勉強を怠らないように。

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私があれこれ言うより、「実際に読んで欲しい」の一言に尽きるのですが、スポーツクライミング(フリー)と山岳登攀(アルパイン)は別もの、「フリーで墜落は当たり前、墜ちながら上手くなる」とほとんどの人は考えています。しかし、「墜ちながら上手くなる」ための前提条件として、安全対策や技術・装備の問題点を、本当に理解している人は、少ないのではないでしょうか。私は、ブーリン結びと8環による確保を最初に教わりました。その後、この方法は使われなくなりましたが、本書にて何故危険かの理屈を知ることが出来ました。また実践で、ユマールの代わりにプルージック登行を多用していましたが、その危険性を本書で知りました。


空中落下でプルージックのスリングが融断する危険  (本文イラストより)

事故を防止する為には、過去の事故から学ぶことが大切です。当会でも事故防止に役立てる為、ニアミス・アクシデントレポートを設けています。多くの人が、間一髪で「ハッ」とした経験を持っていると思いますが、事故に繋らない限り、本人の記憶に残るだけです。失敗はある種のノウハウです。同じようなミスは他の人にも起こりえます。些細なことでもなるべく発表して、体験を共有しましょう。クライミング中の事故は、不注意、勘違い、初歩的なミスが思いのほか多い。本書でも「そんなバカな・・」と笑うに笑えない事故例が多々あります。
 山では想像もつかないことが起こり、ちょっとしたミスが重大な結末を引き起こします。クライミングは、常に危険と背中合わせであることを意識して欲しい。

   『生と死の分岐点』 ~ 山の遭難に学ぶ安全と危険 ~

   ピット・シューベルト 著  黒沢孝夫 訳  山と渓谷社 初版1997年