記 足立 健一



ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンと旅してきた南米もついに最終目的地パタゴニアへ突入した。メンドーサから長距離バスを乗り継ぐこと48時間。ここはカラファテ、氷河国立公園への玄関口にあたる。リッチなツーリストは郊外の飛行場に降り立ち、一泊200ドルの高級ホテルへ向かう。私は一泊10ドルの安宿へ向かう。安いけれど共同キッチン付でシーツのきれいな民宿だ。カラファテにはレストラン、おみやげ屋さん、ツアー会社、スーパーマーケットなどツーリスト、バックパッカーに必要なものは何でもそろっている。ただし物価はやや高めだ。フィッツロイへの登山基地となるチャルテンへはここからバスでさらに5時間の道のりだ。

10月28日

早朝にカラファテを出発したバスは、今は喫茶店となったホテルレオナで休憩した後、午後チャルテンについた。遅い昼食のあと、ユースホステルに荷物をあずけてセロトーレへ向かう。時刻は午後2時だがあせる必要はない。夏のパタゴニア昼は長い。太陽が沈むのは9時をまわってからだ。ユースホステルの裏の道を30分の急登であとは緩やかに90分ほど登るとセロトーレの麓に着く。そこは氷がプカプカと浮く氷河湖のほとりだ。ガイドを雇えば氷河でアイスクライミングを楽しむこともできるが、湖から流れ出る川をチロリアンブリッジで渡らねばならない。これは結構恐ろしいと思うのだが。湖と氷河とセロトーレ絵になる景色だ。写真を撮った後チャルテンへもどる。

10月29日

森の中の急な坂を1時間ほど登ると道はやがて湖の間をぬうように進み小高い丘に出る。そこからは雲をたなびかせたフィッロイの頂を望むことができる。さらに奥へ進み川を渡ればクライマーズキャンプにつく。丸太を組みビニールシートかけた粗末な小屋が2軒立っている。暗く湿っぽい。かの山野井泰史氏はここで45日間孤独に耐えたという。クライマーズキャンプから尾根を1時間のぼるとフィッツロイが全貌をあらわす。氷河と湖を従えたその姿は気品が漂う。フィッツロイとは男の名前だが、貴婦人を思わせ、クライマーを拒絶するように天にむかってそびえている。離れがたい気持ちをふりきりチャルテンへ戻った。

カラファテから4時間、国境を越えたバスはチリのプエルトナタレスに到着した。複雑なフィヨルドに面した港町、湖かと思える静かな入り江の向こうにはパイネの山々が見える。ここはパイネ国立公園へに登山基地となる町だ。宿で借りたテントとコンロと4日分の食料をザックに詰め込みトレッキングに出発した。

11月1日

プエルトナタレスからバスで4時間、パイネ国立公園の入口に着く。ここで入園料を払い、さらに30分バスに乗り、公園管理事務所で降りる。変化のない草原の中を馬糞に注意しながら2時間歩く。さらに3時間、道はアップダウンを繰り返しながらぺホエ湖のほとりに出る。森と湖に囲まれてそびえるパイネグランデが美しい。キャンプぺホエにテントを立てグレイ氷河を見に行く。谷筋から尾根に出るとすさまじい風、こんな風は生まれて初めてだ。歩いているとバランスを崩し危険を感じる。ここはグレイ氷河から崩れた氷が湖に浮いている景色がきれいなところ。しかし強風のため氷は全部風下によってしまっている。風と小雨に追われるようにキャンプに戻る。

11月2日

キャンプぺホエからパイネグランデを巻くようにキャンプイタリアーノへ移動する。荷物をデポしてキャンプブリタニコを往復する。キャンプブリタニコの奥は展望台のような地形になっており、パイネグランデの針峰群やケルノスの西面を望むことができる。周りをぐるりと岩峰に囲まれ、振り返ればぺホエ湖がみえて気持ちのよいところ。キャンプイタリアーノへもどり、今日のテント場キャンプケルノスへ急ぐ。キャンプケルノスは湖に面し、裏にはケルノスがそびえている最高の立地条件だ。年老いた山小屋の主人とビーノをあおりながら、ケルノスの頂上に舞うコンドルを見ていたらあっという間に1時間がたってしまった。

11月3日

キャンプケルノスからキャンプラストーレスへ向かう。草原には花が咲き野ウサギがピヨンピヨンはねている。それをねらってイーグルが空を舞う。気持ちの良いトレールが続く。キャンプラストーレスには大きなホテルがあり、スイスの山小屋風の建物はまさしく高級リゾートだ。キャンプ場の設備も素晴らしい。テントを立てトーレスへ向かう。いま来た道を30分ほど戻りアスセンシオ川沿いに急登を1時間でキャンプチレーノへ。森の中の小道をさらに1時間でキャンプトーレスへ。ここからモレーンの急登を30分でトーレスのふもとの氷河湖につく。見上げればトーレスの針峰が大きくそびえ立ち、頂上付近はガスがかかっている。氷河湖は灰色ににごり寒々とした光景だ。標高は低いがあたりに緑はまったくない。それだけ気象条件が厳しい証か。天気は急速に悪化して雪が舞い始めた。慎重にモレーンをくだりキャンプへ戻った。

11月4日

冷たい雨の中、国立公園入口へ向かう。天気がよければ埃が舞いあがるダートの車道を2時間ゆっくり歩く。今日でパイネともお別れだ。道の脇の湿地帯には水鳥の群れていたり、アルナゴが草を食べているのも見られる。国立公園入口についたころには雨も上がり、雲の間からパイネが見えてきた。最後の写真を1枚とり、バスでプエルトナタレスへもどった。

プンタアレナスからマゼラン海峡を渡り、ウシュアイアへ。ウシュアイアは世界のはてという形容詞がつく、ビーグル水道に面した小さな港町だ。ここから南極大陸まではたったの1000kmだ。港から南極ツアーが出ている。一週間のツアーで費用は最低でも25万円かかる。ちなみにタキシードは用意しなくてもよいとパンフレットには書いてあった。南極へは次の機会に行くこととし、ここを旅の終着点としよう。長かった南米旅行もついに終わった。痛い目にもいっぱいあったけど、いい旅だった。

さあ、ペルーのリマまでどうやってもどろうか?実は帰り道の計画はなにも立てていなかったのだ。南米大陸の地図をとり出し頭をひねる。帰り道もまた楽しい。