OLYMPUS DIGITAL CAMERA 不世出の登山家・加藤文太郎は8時間で歩き通したという。現代のクライマーならトレランで駆け抜けていくのでしょう。当会でも何人もの人が踏破(走破?)しているはずです。

 連載「今月の一冊」第24回で、加藤文太郎の生涯を描いた新田次郎の小説『孤高の人』を取り上げました。このとき『孤高の人』は、あくまで新田次郎が加藤文太郎をモデルにして書いた小説で、史実とは別モノと書いた。では、実在の登山家・加藤文太郎とは如何なる人物だったのか、という疑問が当然沸いてきます。これに関しては、文太郎の遺稿集『単独行』の感想を書いたので次号会報で公開します。

 で、原稿を書いているうちに、自分も文太郎の足跡を訪ねてみたくなり、帰国後、身辺が落ち着くと行ってきました。文太郎も修練したであろうロックガーデンに。

 登攀歴○十年ながら、この古の岩場を訪れるのは初めてで、キャッスルウォールで中高年のグループが登っていました。長いブランクがあり見るだけのつもりで来たのですが、昔とった杵柄で壁の端っこをちょこっと登っていると、リーダーらしきおっちゃんから、「ロープもつけずに危ないですよ!」と注意され、「そんな靴(運動靴)で登るなんて、岩をナメとる!」と怒られました。

 「何言ってやがる。俺ら、かけだしの頃は、この程度のグレードならドタ靴で登ってた!」「その昔、関東のクライマーは、底の薄い陸上競技のトラックシューズを『谷川シューズ』と呼んで、剱や穂高でも重宝してたんや!」「大体、フラットソールのクライミングシューズで登ったら、フリーでなくて人工登攀やんけ!」と、言い返せない今の自分が悲しい。

  ムカッ!ときて、岩尾根から荒地山の岩場を強引に乗越して下山した後、梅田の登山用具店に直行し、クライミングシューズとハーネスとヘルメットを買い、ついでに渓流シューズまで衝動買いしてしまった。

  帰宅して落ち着いてからハッと気づいたのは、クライミング以前に基礎体力を元に戻すのが先決ではないか・・・。登山の基本はまず歩くこと。そんな訳で六甲全山縦走にチャレンジすることにしました。

 前置きが長くてスイマセン。公のブログで迷ったけど、腹立ったんで文句を言わせてもらいます。

 Part 1  7月12日 晴れ、酷暑  (JR塩谷駅 ~ 神鉄・ひよどりごえ駅)

 全山縦走にチャレンジするといっても、今の自分が1日で踏破するのはとても無理。2回に分けるぐらいの軽い気持ちでJR塩谷駅に降り立った。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 六甲全山縦走のスタートはJR塩谷駅

 潮の香りに気合が入ったのですが・・・。スタート10分で汗が吹き出してきた、まだ朝なのにこの暑さ。先が思いやられる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA旗振茶屋から神戸の港を望む

 とにかく暑い。高倉台の住宅地に下りて、思わず自販機の缶コーヒーで喉を潤し一息ついた。次は須磨アルプスの登りだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA花崗岩が風化した須磨アルプス。なかなかよろしい眺めです。

  うだるような猛暑、須磨アルプスから横尾台に降りると自販機を探し回り、ショッピングモールで人目もはばからず、スポーツドリンク2本をがぶ飲みした。更にお茶と水を3本買い足したが、これがマズかった。お腹たっぷんたっぷんで、酷暑の高取山を登り続けたため気持ち悪くなってきた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA高取山から神戸の街を見渡す

 『孤高の人』のプロローグは、初冬の高取山で文太郎の上司、外山三郎(モデルは遠山豊三郎氏)が回想するシーンで始まる。が、今は初夏、酷暑と吐き気で体調悪くそんなことを考える余裕はない。1時間程休むと体調も戻り、再度、神戸の港と街並みを見渡して出発。清水茶屋を経て住宅街に降り立ち、神鉄・ひよどりごえ駅には2時に着いた。中途半端な時間で迷ったけれど、次回の交通アクセスを考え今回はここまでとした。

 JR塩谷駅 07:30 ~ 旗振山 09:00 ~ 12:20 高取山 13:00 ~ 神鉄・ひよどりごえ駅 14:00

 

Part 2 7月18~19日 夜間登山 (神鉄・ひよどりごえ駅 ~ 大竜寺赤門)

 Part 1は酷暑でスベってしまった。加えて連日の猛暑。ただ、縦走路は整備されていて要所に道標があり迷うことはない。そこで、Part 2は酷暑を避けて、夜間登山で宝塚まで歩き通すことにした。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAひよどりごえ駅を夜の9時半にスタート、それでも暑い。

 菊水山の登りは結構キツく大汗をかきながら山頂へ。神戸の夜景がきれいだ。稜線にでると風が強く、休んでいると体が冷えてくる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA夜のパノラマ道を歩き、鍋蓋山へ

 尾根筋は神戸の夜景を楽しめるが、谷筋になると暗闇で、カジカ、鳥、ケモノの鳴き声・奇声で、何やら雰囲気がヤバイ。少し前に風吹岩で、イノシシが登山道を我が物顔で走っていくのを見ており、ちょっとビビる。

 先を急ぎ大竜寺赤門に出ると、なんと道標に「再度東谷」が先の台風による崩落で通行止めとあり。「通行禁止、迂回せよ」との警告が貼られていた。とりあえず少し進んでみると、台風による倒木で道が荒れていた。時刻は深夜の1時、月齢は新月を少し過ぎたくらいでほとんど真っ暗闇。このまま無理して沢筋に突っ込んで、滑りでもしたら目も当てられない。やむなく縦走は断念した。

 このネット時代、クリックするだけでルートの状況が確認できるのに、調べておかなかった自分のマヌケぶりを反省しております。情報収集は安全登山の第一歩です。皆様もぬかりのないように。

 下山となり、市章山展望台から見渡す神戸の夜景はすごく綺麗でした。しばらくボケーと見とれていた。が、そのうち港から吹き上げる風で寒くなってきてラーメンが食いたくなった。名残惜しいけど下山する。

 ところが深夜の三ノ宮に降り立つと暑い。そして何やらオシャレな雰囲気。地図を見ると、なんと降りた所が、かの北野町の異人館街であった。さすがにジャージじゃ浮浪者扱いされそうで、ジーンズに着替えて始発まで深夜の街をブラつく。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAかの有名な『風見鶏の館』実際に見たのは初めてです

 始発まで広場のベンチで休んでいて正解でした。早朝の三ノ宮駅前にはヤンキーの兄ちゃんがたむろしていたから。

 神鉄・ひよどりごえ駅 21:30 ~ 菊水山 22:40 ~ 鍋蓋山 24:00 ~ 大竜寺赤門 01:00

Part 3   10月18日 快晴 (大竜寺赤門 ~ JR宝塚駅)

赤門への交通アクセスが悪く、バスで行くと宝塚に降りてくるのは夜中になってしまう。疲れた体で夜中に歩くのも嫌で、深夜に再度公園まで車で入り、夜明け前にスタートすることにした。

再度東谷は完全に復旧されていて問題なく通過し、桜茶屋から天狗尾根を摩耶山に向かって、ひたすら登っていると夜が明け始めた。「もう30分早く出発していれば、日の出が拝めたのに」と思う頃、摩耶ロープウェーの展望台に着いた。見渡す朝の神戸がすがすがしい。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA摩耶山から朝の神戸を見渡す

 これより縦走路は観光地のど真ん中を突っ切る。ちょうど秋の行楽日和で、早朝から車やバイクの騒音がうるさく興醒めする。走り抜ける気は全くありませんが、早く立ち去りたい一心でペースを上げた。が、凌雲台まで来た頃、右足の脛が痛くなってきた。「またもやリタイアか・・・」と焦ったが、少し休むと回復し六甲最高峰には10時過ぎに着いた。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA秋の行楽日和なれど、六甲最高峰に居るのはハイカーのみ

 後は宝塚まで下るだけ。上手くいけば三ノ宮からバスで車を取りにいける。こうなるとタクシー代が惜しくなり先を急ぐ。すぐにドライブウェーの喧騒から解放され山道に入った。

この先宝塚までトレランの人が多く、ランナーが威勢良く私を抜かしていく。 今、トレランブームも定着したようですね。雄大な山の景色を眺めながら走る楽しみに、レースの面白さがプラスされるから、愛好者には魅力があるのでしょう。

ただ、ロードとは比較にならないくらい過酷な登山道。やりすぎると膝を痛めるんじゃないか?「ブームの影にメーカーの商売あり・・・でなければよいのだが」と、若い頃のボッカのやりすぎで、年取ってから腰椎を痛めたオッサンは思うのでした。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA六甲全山縦走ゴールのJR宝塚駅

 快調に進みJR宝塚駅には2時前にゴール。三ノ宮発最終バスの時間があり、着替えもせず隣の阪急電車に飛び乗った。

大竜寺赤門 4:45 ~ 6:30 摩耶山 7:00 ~ 凌雲台9:00 ~ 10:10 六甲最高峰10:30 ~ JR宝塚駅 13:50

こうして六甲全山縦走は終わった。結果的にコースタイム15時間の縦走路を3回に分けて19時間で踏破したことになった。もちろん、加藤文太郎に対抗しようなどと畏れ多いことはしませんから、これでひと区切りにし、次は「文太郎の幻影を追って、氷ノ山で雪洞ビバークをしようか・・・」なんて思いながら三ノ宮からバスに乗った。

若手会員には、ぜひ六甲全山縦走にチャレンジして一日で駆け抜けてほしいと思っています。尚、 11月に開催される「六甲全縦大会」は走行禁止のようです。     ( ナッキーニャ )